マンガの絵が苦手過ぎて、原作見ないまま行った実写映画。…だったのですが、嬴政の突き抜けたグローバリズム宣言とか、王騎センセーの「くだらないからです」とか、根拠のない(←傍から見ると)自信に満ちた成蟜のクズっぷりとか、山の民の「千年恨む」的メンタリティとか…まあ、「あるある」なポイントが色々とあって楽しめました。
一方で、「少年漫画のノリをまんま実写でやって、失敗したなぁ」と思う点もちらほら。
(『周囲が一対一の闘いを静観』とか、『わざと相手に反撃の隙与えて負ける』とか、『気合さえあれば一万人にも勝てる』とか、山崎賢人の無理ありすぎるヤンキー喋りとか…)
とりあえず、アレなところを喋ってもつまんないので、楽しめた部分について語りたいと思います。
意外と常識人だった嬴政
秦王嬴政(吉沢亮)―――この人が目指すものは、山の民の王=楊端和(長澤まさみ)に同盟復活を持ちかける際の演説に良く現れています。↓
「秦の民と山の民を分けるから、そこで諍いが起こる。中華もそうだ。同じ平地の民なのに、殺し合いを五百年続けてきた。国境などというものを全てなくしてしまえば、争いはなくなる」
そして、その方法はというと、コレです。(王騎将軍との問答)↓
「俺が目指すのは、中華の唯一王だ」
「中華を一つに…。七大国のうち、そんな話を受け入れる国が一つでもあるとお思いですか?」
「出来ないなら、力ずくでやるまでだ。戦国の世らしく」
「歴史に暴君として名を刻みますぞ?」
「構わん」
「人を生かす王道とは正反対の道となりますぞ?」
「否、これまで五百年の争乱が続いたならば、あと五百年も続くやもしれぬ。俺が剣を取るのは、これから五百年の争乱の犠牲をなくすため。俺は中華を統一する最初の王となる」
ここで言う『王道』は、中国でよく言われる『王道』『覇道』の『王道』です。ざっくり言うと、徳のある王様が仁心を持って統治すれば、民はその徳を慕って勝手に国が治まるという考え方。まあ、ぶっちゃけお花畑理論ですよね(笑)
かの有名なカントさんも、『世界市民という視点からみた普遍史の理念』で、
人間はほかの仲間とともに暮らす際には、一人の支配者を必要とする動物なのである。だれもが他人に対しては、自分の自由を濫用するのは確実だからである。
とか身もフタもないこと書いてます。
で、政の言う『唯一王』ですが、これは、カントさんの書いてる『一人の支配者』に非常に近い気がします。
人々が悪魔のケーキ的理屈でもって「まあ多少窮屈でも、この人に強権持たせて悪者ふん縛って貰えば、俺達平和に暮らせるかな…」と思えるような法の執行者です。
この映画の中の政は、「平和な状態を作るには、その地域全体を同じ法律で縛り、暴力装置によってそれを乱すものを抑える必要がある」という、ごく当たり前の結論を、真面目に実行に移そうとしているだけに見えるんですよね。
ついでに言うとこの人は、これでもかってぐらいに正直です。それはもう偽悪者レベルです(笑)。そして誰に対しても、利害関係に基づく”誠実な”パートナーシップを結ぼうとしています。
信とは違い、情による繋がりが徹底的に信用できない状況で育った所為もあるでしょうが、『期待をして裏切られた人間の報復の恐ろしさ』を考えれば、これは合理的なやり方です。
とにかく、この人の考えていることは、現代人にはとても分かりやすい。ただ、この人がややフツーじゃないのは、それらが原理主義的レベルにまで徹底していることでしょう。
まあ、だいだい原理主義って最終的には上手くいきませんよね(笑)
同化か共存か
さて、政の発言うち「秦の民と山の民を分けるから、そこで諍いが起こる」の部分は、なかなか微妙です。
これは、中国がチベットに対して行っているような同化政策を指すのでしょうか? それとも単に「最小限の同じ法律さえ守れば、平等に扱われる」と言っているだけなのでしょうか?
話の流れを読めば、明らかに後者です。前者であれば楊端和が乗ってくる筈がありませんし、そもそも、暴力装置が十分に機能していれば同化は必要ありません(地方に張り付けてる軍が財政圧迫してる現代中国でどうなっているかは知りませんが…(笑))。
が、“効率”という観点では、最低限の同化は必須です。
始皇帝のお仕事で有名なものと言えば、貨幣・度量衡・文字・車軌の統一でしょう。
現代のグローバリストも、似たようなことを考えています。
「国ごとの規制に、製品・サービスを合わせるのは無駄」
「国境管理で人や物が自由に行き来できないのは無駄」
「同じ言語で取引ができなかったり、公共サービスが受けられなかったりするのは無駄」
「各宗教が要求する生活習慣に合わせた勤務体系を敷くのは無駄」
このうちいくつかは、明らかに同化を前提としています。
グローバリストの多くが今も、新たに”こちら側”に加わる人々が、必要最低限のレベルで”こちら側”に同化してくれると思い込んでいるようですが、現実の世界は、この最低限の同化に苦戦しています。(イスラム圏からの移民や移民の子孫がイスラム原理主義にかぶれたり、開かれた民主主義国家になってくれると思って金突っ込んで甘やかしてきた中国が無事、手ぇ付けられないモンスターに育っちゃったり…)
合理的、唯物的な思考の持ち主は、そうでない人の思考がなかなか理解できません。「教育レベルが上がれば、皆同じような結論に辿り着く」と無意識に信じている節があります。
そういう意味で、キングダムという物語の中で、信をはじめ、バラエティに富み過ぎたキャラが周りに居るというのは、政にとってラッキーでしたね。
現実の始皇帝さんもこうだったらなぁと思ってみたり…(笑)
ちなみに、「日中関係はどうすればいいか?」に対し中国政府高官が「一つの国になることですよ。言葉は大きい国の言葉ですよ」と答えたという話を古森義久氏がされていましたが、これはもう完璧なる侵略を前提とした同化政策です(笑)
気を付けましょう(笑)
成蟜がクズに見える理由
本郷奏多が最高…じゃなかった(笑)、成蟜がもう最高のクズっぷりで笑いが止まりませんでした。
彼の思考は、とにかく「高貴な生まれの自分は、丁重に扱われる”べき”だ」が出発点です。で、そうでない現状に対しては目を塞ぎ、結果、そうなるための努力も完全に放棄している。
あの反乱は、見ようによっては儒家系と法家系の文化衝突なんですが、もうこの態度で台無し…(笑)
一方、政の方はというと、彼は漂を殺しやがってとブチ切れる信に向かい、こう言い放っています。
「漂は危険を承知で引き受けてる。お前ら下層民には絶対に手に入らないものを手に入れるためにな。だがあいつは負けた。それだけだ」
これ、非常に自虐的なセリフです。
「母親が踊り子だった」だけでなく、「父親が実は荘襄王ではなく呂不韋だった」とする説があることを踏まえると尚更です。
彼は自分が道半ばで斃れたとしても、多分、同じことを言うでしょう。決して、「手に入る世の中であるべきだ」とは言わない。現状を認めた上で、目標達成のために最善の手を打つ。それが政の態度です。
辛い現実を味わい過ぎた人間は、自分に都合のいい妄想を抱くことも”できず”、また、立ち止まっていられる心の余裕もないということでしょう。
ぶっちゃけ、ここまで行っちゃった人が幸せかどうかは分かりませんが、少なくとも現代で、親の財産がアテにできない一般人が成蟜のような生き方をしていては、まともに暮らしていけません。
成蟜のクズっぷりを見て、我が身を振り返ってみたいとおもいます(笑)
王騎にとって「くだらなくないこと」とは何か
この人の「くだらないからです」は、この映画最大最強にインパクトのあるセリフでした(笑)
単純に「コップの中の嵐が何になる」というふうにも解釈できますが、「血沸き肉躍る」とか言っちゃってる辺りを見ると、この人が求めているのは「世界を変える面白さを味わうこと」でしょう。
この人は、政と同じ目的と目標を持っていますが、その動機は政よりずっとポジティブに見えます。
自尊心を傷つけられまくり、常に命の危険と裏切りを警戒しながら育った政が、「そうしなければいられない」という已むに已まれぬ衝動を抱えているのに対し、この人はそれを「やりたくてしょうがない」という感じ。
全くタイプは違いますが、これは信の態度にも似ています。
彼は子供の頃、檻の中で、王騎将軍(大沢たかお)の姿を「すっげー」と憧れの目で見ています。「この屈辱的状況から逃れるため」ではなく、単純に「ああなりたい」と願い、それがあらゆる行動の動機になっているのです。
「無念無念って、一番の無念は夢が夢で終わったってことだろうがよ。もしお前らが、本当に死んだ奴らのことを思うんだったらな、そいつらの見た夢をかなえてやれよ!」
という信のセリフは、この映画唯一(笑)の彼の名セリフでしたが、彼と王騎が同じこの「夢」という言葉をよく使うのは、多分偶然ではありません。
こういう人達は、とても自由です。
なんとなく嬴政の味方っぽく描かれている王騎さんも、行動を見てみれば、「王とするのに適切な人材が居なきゃ取って代わる」気満々です(笑)
この人にとって大事なことは、新世界を作ることであって、王も、自分でさえも、その面白いゲームをするための駒の一つです。
この自由すぎるアタマの造りは、政や、おそらく漂にもないものですね。
この人を見ていると、やはり『やりたいこと』だけを考える態度は、視野と選択肢を広げるものだと実感します。
というわけで、そんなこんなで長々と書いてきましたが、こんだけ語れる程度には面白い作品でした。
実写にすると辛くて見てらんなくなる『ありえない展開』さえ何とかしてくれれば、続編期待です(笑)
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