映画『Brexit: The Uncivil War』ネタバレあり感想

I hadn’t realized, and now it’s too late. Their campaign began 20 years ago…more気付かなかった。もう手遅れだ。彼らの運動は、20年前から始まっていた。いや、もっと前からだ)”

ファラージ氏やジョンソン氏など、本物がキャラ立ちしすぎな方々(笑)をさらに面白可笑しく描いているため、ぱっと見はコメディ映画なのですが(ベネディクト・カンバーバッチ氏の薄毛(笑)で熱演も…(笑))、上の台詞を見ても分かる通り、扱ってる問題は結構深刻です。

それにしても、ファラージ氏をあそこまで茶化して問題になんないってのがスゴイ。前回書いたグッド・オーメンズに続き、「エゲレスって自由だな…」と思いました(笑)

EU批判・グローバリズム批判を封じてきたツケ

冒頭の台詞は、EU残留派選挙参謀クレイグ・オリヴァー(ロリー・キニア)が、投票数週間前に「これは負けそうだ」と直感したときの言葉です。
彼は続けてこう言っています。

The slow drip, drip, drip of fear and hate, without anyone willing to counter it. Worse. We stick the boot in too. How many of us on this side blamed Europe or the outsider when it was politically convenient to do so?(誰も何もせずにいるうちに、恐怖と憎しみがゆっくりと積もっていった。なお悪いことに、我々もそれに追い打ちをかけた。政治的な好機に、誰も欧州や移民を非難してこなかったんだ)”

この「非難」というのは、感情的な「あいつをやっちまえ!」的な話ではありません。
実際、この二つには問題があるからです。

まずEU。
英国の法律を覆して責任を負わない」と言う離脱派に対し、残留派が「じゃあMEPs(欧州議会)選挙に行くか?(どうせ行かないんだろう)」とからかうシーンが出てきますが、この欧州議会というのが曲者。まずはコチラをご覧ください↓
国立国会図書館リサーチナビ:EU法の立法過程

ここに「EU法の法案は、原則として欧州委員会のみが提出できます。欧州委員会は法案を決定すると、EU理事会と欧州議会に提出します」とあります。これ、結構大きな問題です。
要は、法律を”書く”権限が、議会ではなく委員会に握られているということです。

日本で、「『議員立法』なんて言葉があること自体おかしいんじゃね?」(要は、殆どの法案を官僚が書き、「議員が発議することが特別なこと」というのはおかしい)という議論がありますが、まさにそういう話。
ぶっちゃけ、旧ソ連の官僚主義とあんまり変わりません。「俺たちの民意は?」という疑問が出てくるのは当然でしょう。

こうした問題を、「みんなサプライチェーンに組み込んじゃえば、二度と戦争できなくなる筈!」「グローバリゼーションに乗り遅れると、もっとジリ貧に」で封じてきた結果が、“take back control”というフレーズがとてつもない力を持つという事態を生んだんじゃないかと…。

次に移民です。
移民によって需要や税収が増えるのは事実でしょうが(実際、ドイツはそうなっています)、労働力の供給が増えれば賃下げ圧力となるのも当然。移民も公共サービス・社会インフラを使うわけですから、税金も使いますし病院も混みます。中所得者層でプラマイゼロ、低所得者層ではマイナスというところじゃないでしょうか。

さらに文化衝突的な面もあります。コーラン読むと、女性蔑視、異教徒敵視のすさまじさに唖然としますが、アレを鵜呑みにした人が増えることに対し、恐怖を感じるのは自然な反応でしょう。実際、ドイツでは女性が大勢暴行される事件も起きています。

物事には必ずプラス面とマイナス面があります。
マイナス面をケアせず、プラス面だけを並べたてて、「これが理解できないのは無学なバカ者だ」と上から目線で説教しても、多数派にはなれない。
クレイグは投票前にこれに気付きましたが、未だ気付かず、頓珍漢な評論を垂れ流しているマスコミが多いというのは悲劇です。

“国境なき世界”は誰に優しい世界?

そもそも、移民の流入だけが賃下げの要因ではありません。以前から、『産業の空洞化』については盛んに語られてきました。
要は、国内国外問わず、全世界の労働者が同列に並べられ、挙って値下げ競争をしている状態なのです。
こうなる理屈は、この辺りを読むとよく解ります。↓

東西冷戦の終結を機に、東側世界が一挙にグローバルマーケットに入り込んできた。また、その頃から始まったIT革命によって、世界を結びつける情報通信技術が花開いた。その結果、グローバル・マーケットが現実のものになり、ヒト・モノ・カネの「高低差」が一気に拡大することになった。先ほど述べたように、先進国が安い賃金の労働者を雇って、大きな収益を上げられるようになったのもその一つだし、また利子の低い国で調達した資金を高利回りの国に投資することもできるようになった”
(中略)
“ローカルな資本主義においては資本家が労働者を徹底的に搾取することは、労使双方の共倒れを招いてしまう。地域に限定されたマーケットにおいては、生産と消費が一致しているのだから、消費を拡大するためには賃金をそれなりに上げないと、企業の収益も増えない”
(中略)
“しかし、グローバル資本主義の時代に入ると、資本主義はその様相をすっかり変えてしまったと言えるだろう。グローバル資本主義はつねに高低差を探し求め、作り出し、それ自身を維持しようとするようになった。かくして、グローバル資本主義は世界中で格差を拡大し、貧困層を作り出していくようになっていった”
以上、中谷巌著”資本主義はなぜ自壊したのか”より

この映画で、モニタとした集められた男性が、「昔は石炭と鉄鋼だが、今は扱う範囲が広い」と言ってfree tradeに懸念を示していましたが、アレはこういう話です。

ちなみに、労働者と同様、企業についても全世界の企業と比較され、選ばれなかった企業は消えゆく運命です。コレが極まると、マトモ競争がなくなってしまう。
その上、収穫逓増型産業の世界トップ企業は、国ごとにめんどくさいカスタマイズをするのを嫌いますから、文化レベルでの無理やりな平準化が起こる可能性もあります。

目に見えているのは、「EU」「移民」かもしれませんが、根はもっとずっと深いということです。

“the West”全体の問題

There is a systems failure in this country and across the West. We’re languishing, we’re drifting without a vision or a purpose(この国、いや西側諸国全体のシステムに欠陥がある。我々は元気を失くし、惨めに暮らしている。ビジョンも目的もなく漂っている)”

世論操作の廉で吊し上げ会(笑)に呼び出された元EU離脱派選挙参謀(ドミニク・カミングス)の台詞です。
字幕では”the West”の訳がなぜか抜けているのですが、これは冷戦期の西側諸国を指す言葉です。
共産主義を目指した社会は30年前に問題が顕在化し、潰れました。しかし、自由主義陣営のシステムにもまた致命的な欠陥があったということです。
だからまずはその集団から抜けなければならない。
でも、問題はその後です。

さもなくば、グランドデザインなき革命

ドミニクは続けてこう言います。

What do you do usually when there’s a systems failure? You reset. And that’s all I did. I reset.(システム障害が発生した時は、通常、何をする?リセットだ。僕はそれをやっただけだ)”
What did they do? What did all of you do? You rebooted the same operating system, the same tired, old politics of short-termism, and self-serving, small-thinking bullshit…(だが、彼ら(政治家達)は何をした? 君たちは何をした?君達は同じOSをリブートしただけだ。同じことの繰り返し、目先の利益だけを考える古い政治、利己的で視野の狭い連中…)

要は、次のビジョンが描けないままの強制リセットです。
緩やかな障壁を復活させることは、”failure”が”fatal error”にならないための一時的な避難措置に過ぎない。「グローバリズムで効率を最大化した(まだ”fatal error”に至っていない)国々に囲まれてやっていかなければならない」という事態に変わりはないからです。
ポスト資本主義ともいうべき新しいグランドデザインが必要なのですが…。

じゃあどんな世界がいいの?

今後、まずはシステムで代替のきく職業はほぼなくなります。現在、工場の目視検査系、お客様対応オペレーター系、その他デスクワークをやっている人達です。かつては中国や国内過疎地に、さかんにコールセンターを作っていましたが、今や結構な割合で、botがこれに取って代わっています。最近は、連絡先をWeb頁に載せている企業が少ないことにお気づきの方も多いと思いますが、これは「botで解決できない問題以外、人間に対応させたくない」という意思の表れです。
法律の縛りがなければ、医療分野含め各種診断業務は最もAIが得意とする分野ですから、ここも代替が進むでしょう。

次に肉体労働者。これはリアルなデバイスを必要とし、さらに業務の標準化なども必要となるため、結構時間がかかると思います。賃金が低レベルで留まっている限りは、もしかしたら一部は永遠に置き換えられないかもしれません。(弊社もこういうお客様はターゲットにしていません(笑))
工場の技能系の方々についても、3Dプリンター等の登場で、一部の製造技術は確実に要らない子になるでしょう。

いずれにせよ、人力極小で現在と同じアウトプットを出せる世界がやってきます。
そうなったとき、余剰な労働力を買い叩いて、さらに富裕層の富を積み上げるか、人々が職に就かなくても生きていける世界を作るか―――世界はどちらに進むのでしょうか。

ユヴァル・ノア・ハラリ氏が”サピエンス全史“で「農業革命は史上最大の詐欺」と書いていましたが、これは前者の世界に近いものです。放っておけば、なんとなくそうなりそうな気がします。
現在力を持っている人々が、後者の世界を目指す動機がないからです。
動機がなくてもそのような世界に進ませる方法として、最も穏便な手段は、多数派の意見を反映する政治体制の確立です。
(まあ、手段だけあっても、その先の設計図がなければ始まらないんですけどね)

政治がキャンペーンを張る利益団体に操られてきたのは今に始まったことじゃない

この映画では、AggregateIQ (AIQ)Campbridge Analyticaによる世論操作が非常に危険なものとして描かれています。
この辺り↓から盛んになってきた議論。
トランプ選挙陣営のデータ分析会社、Facebookユーザー5000万人のデータを不正アクセスか
Facebookは、あなたのすべてを知っている

結果、こんなことにも…(笑)↓
Twitterが正式に政治広告を禁止

でも、Denzau and Mungerモデルが提唱された頃から、こういう話はあるわけです。↓
“利益集団は、キャンペーン(金、物、人)を、得票数の極大化をはかる政治家に支払うことにより、自らの集団に有利となる政策掲載に向ける政治家の努力を購入する。未組織有権者は、政策効果を彼ら自身で評価して投票行動を取る。しかし未組織有権者の投票行動は、利益集団により供給された資源を用いて政治家が行うキャンペーンによって変化する
権丈善一著”再分配政策形成における利益集団と未組織納税者の役割”より

ぶっちゃけて言えば、ニュースやバラエティ番組でや自分達に都合のいいコメントをさせる、TV・新聞に公告を載せるといった手法が、ターゲティング広告に変わっただけです。
テレビによる洗脳は良いけど、SNSは駄目というのは理屈としておかしいでしょう。

Campbridge Analyticaの問題は(現在の法律と社会通念では)、あくまでも個人情報の不正取得と目的外使用です。
それ以外の問題については、「今までずっと間違っていた」と認めた上で、対策を考えるべきでしょう。

いわゆる”人権派”には、共感力が足りないんじゃないかと…

政治システムの問題以外に、”心の問題”もあります。

映画の中で地方住みの女性が、都市部住みの女性(「留学したい」とか何とか言ってた女の子)に、「リスク?失うものなんてもう何もないわ!あんたに何が分かるの?」食ってかかるシーンがあります。

概して先進国は、「援助がないと確実に死んじゃう」という人達には結構優しい。でも、「なんとか頑張って生きてるけど、もう限界…」という人々には冷たい…
つらい状況で助けを得られない人々救いの手を差し伸べられている人々を見て不公平感を覚えるのは当たり前の反応だと思います。
日本で、生活保護受給者叩きや、妊婦さんに優しくない人達が問題になっていますが、これも同じ構図ではないでしょうか。(実体験で言っちゃいますと、本気でヤバい状態になると、まともな〇理こなくなるんですよ。そういう状態で、子供作れる人に席譲るって、結構難しいと思うんですよね、気持ち的にも身体的にも…)

この映画の中で、クレイグは明るく広いシステムキッチンで料理を作り、三人の子供にそれを食べさせながら、ワイヤレスのヘッドセットで電話会議に参加しています。まさにリベラルなエリート層のテンプレです。
この図を見ただけで、おそらくムカッと来る人々は相当数いると思うのですが(笑)、彼らは多分、どこにどうムカッと来るのか、全くピンと来ないでしょう。

いわゆる人権派の方々は、自分が”可哀そう認定”した人々には非常に優しいのですが、それ以外の追い詰められた人たちの状況や心情を察する気がないように見えます。
この辺りを考え直さない限り、社会の分断はより進んでいくんじゃないでしょうか。

ボランティアと趣味でも生きていけるようになればいいのにね

労働力余剰時代に向けた我々の夢想と言えば、確実にコレでしょう(笑)

例えば自分は、シュミでジュエリー作りなんかしてるわけですが、これは確実に商売としては成り立ちません。
この手の↓大量生産向きデザインは消費者にとっては「安く作れるでしょ」と見られ、1000円ぐらいだったら売れるかもしれませんが、「じゃあ、大量生産に乗せるような需要があるか」と言われたら、そんなもん絶対にない(笑)

ジュエリーデザイン&制作(リング)赤坂杳子@ABSOLUTE-D

ジュエリーデザイン&制作(ペンダントトップ)赤坂杳子@ABSOLUTE-D

でも作るのが楽しいからやってしまうわけで、欲しいと言われてあげるのも楽しい。

マンガや小説といったオタク系もやりますが、これも確実に商売にはならない。
でも描く/書くのはも楽しいし、読んでくれる人もいる。

今学校教育に取り入れられつつあるプログラム教育のヤバさを見るにつけ、実務経験者が本当に必要な知識を教えないとダメなんじゃないの?とも思います。

でもまあこれらは今のところ、激務の間のほんの短い時間を縫ってやるしかないわけです。
プラトンが”パイドン”の中で書いている「われわれが財貨を獲得せねばならないのは、肉体のため、奴隷となって肉体の世話をしなければならないからである」から逃れられる人はそうはいません。
金を貰えるプロであるこということは、人々が欲しがるものを提供できているわけで、勿論喜びはあるわけですが、欲しいものに対して、その代金が払えないケースもあるとか、作ることそのものに喜びを感じるといったことを考えると、プロでないからこそ出来ることも結構あると思うのです。

三島由紀夫も言っていた通り、「人は自分だけのために生きて行くほど強くはない」は多くの人に当てはまるような気します。
労働力として必要とされなくなった人々の生活、尊厳、モチベーションといったものをどう守り、どう生かすのか―――この辺りを今から考えておかないと、近い将来、結構な地獄絵図を見ることになりそうな気がします。

余談ですが、ジョンソン&ファラージは笑える(笑)

顔見ると別に似てるわけじゃないんですけど、もう仕草から歩き方から表情からめちゃめちゃ似てる(笑)
いやー、役者さんってスゴイですね。

ちなみに、ファラージ氏については以前からBBCやZDFでよくお見かけしておりまして(笑)、欧州議会で総攻撃受けながら、自席で立ち上がってめっちゃ楽しそうに反論ぶってる姿見て、「このオッサン…(笑)」と思ってたのですが、やっぱりイギリス国民から見てもキワモノだったんだと実感しました。
いつでも頭ぼっさぼさのジョンソン氏といい、「Order!!」で有名なバーコウ元議長といい、他にもキャラ立ちしてる方が多数いらっしゃるので、「政治初心者に興味を持ってもらう」という意味ではイイ国ですよね。
ポピュリズム云々と言って眉を顰める人も多いかと思いますが、この映画で『事実に基づいて冷静に判断している』的な描かれ方をしているEU残留派も、結局はマスコミの好むフレーズを切り取ったような発言しかしていないのを見ても分かるように、大抵の人は何かの扇動に乗っかってるわけです。
シロートさんにため息をつくよりも、自分も騙されているのではないかと疑う方が生産的なんじゃないでしょうか。